フォト

最近のトラックバック

2021年5月 7日 (金)

コロナ禍に見舞われて~〈病牀六尺〉

À l'ombre du coronavirus covid 19: Restée alitée

新型コロナウイルス感染症により亡くなられた方のご冥福をお祈りし、闘病中の方の一日も早いご回復をお祈りいたします。
これまで、そしてこれからも、健やかな日常を支えてくれる方々、美しいものを創造し、感動の〈とき〉を届けてくれる方々に心からの感謝を捧げます。

***

世界がコロナ禍に見舞われて1年以上が過ぎたが、今もウイルスは変異しながら猛威を振るっている。

振り返れば私自身も昨春のある時、体調に違和感を覚えた。しかし、新型コロナウイルス感染症疑いと認められるような顕著な症状に該当しないと、どこかに相談するべくもない。とにかく自主隔離状態で仕事を続けるうちに体調が戻ったかと思いきや、疲労が蓄積したらしい頃に微熱が「4日間」続いた。それでしかるべき所に電話したが、当時はPCR検査を受けることが叶わなかった。

本人も知らずに感染したりさせたりするのがウイルスだ。私には地元の商店街で近づいてきたノーマスクの男性に咳をかけられる体験(こちらはマスク着用)などもあったため、自分では感染の可能性を否定できず、そのうちに前からの慢性炎症が悪化したのか、それともいわゆる「コロナ後遺症」なのか、オペラの配信動画を1幕観ただけで微熱が出たり、就寝中に突然激しい動悸に襲われて目が覚めたり……。正岡子規の『病牀六尺』にたとえるのはおこがましい限りだが、入院かホテル療養に備えたバッグを元に戻せないまま、さまざまな人々の無事を祈りながら過ごす日々となった。

コロナ肺炎の可能性をほぼ否定できたのは、徒歩圏内にあるクリニックが設置した発熱外来を受診した折だ。酸素飽和度の数値と胸部X線の画像、血液検査の結果から、ひとまず肺炎ではない、つまり、あっという間に命を落とすようなことはないと、そのとき初めて確認することができた。

恐る恐るリモートのみで仕事を再開し、幸いにして、夏になる前に微熱の頻発は治まった。慢性炎症(※)の治療のために今も別のクリニックに通院しているとはいえ、少なくとも自分が重症にも感染源にもならずに生存できていることに安堵している。

その間、ホールや劇場に加えて映画館も閉まっていた時期があり、字幕翻訳の仕事は約半年間、途絶えたなかで、書籍や雑誌の校閲の仕事がほぼ従来どおりだったのは本当にありがたかった。

原作者または自分自身の意図をより適切に表現するための日本語を探す翻訳者または著者としての仕事と、他者の表現や記述内容の妥当性を確認する校閲者の仕事は、パラレルな関係にある。ある時は他者にチェックされ、またある時は他者をチェックする。それが常に客観性を見失わず、自己満足やエコーチェンバーに陥らないことへの注意喚起になっているはずだと思ってきた。だが、コロナ禍に見舞われて、自分の心身の状態を客観視せずに仕事をしてきた点を大いに反省することにもなった。

※この慢性炎症は、これまで画像診断と血液検査では否定されていましたが、自分ではひどく違和感があったものです。今回、急性炎症の治療で抗生剤と消炎効果のある漢方薬を服用するうちに、そちらも目に見えて状態が改善されてきました。主治医も私も驚いています。

2020年11月10日 (火)

日経ホールと日生劇場 ~新型コロナウイルス感染拡大予防対策にブラヴォー!

Nikkei Hall et NISSAY THEATRE : Bravos aux mesures prises à l’égard du coronavirus covid 19

新型コロナウイルス感染拡大予防がなおも必須の現状に鑑み、そのための対策を施設と主催者側と来場者の3者がとった上で、稽古や演出や演奏には新機軸の工夫が凝らされ、ホールや劇場で安全かつ感動的な公演を成立させるという試みが始まって何ヵ月かが過ぎた。

どのホールや劇場でも、行政機関の指針や公益社団法人全国公立文化施設協会「劇場、音楽堂等における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」などを踏まえ、それぞれに対策が講じられているが、公演当日の来場者への細かい対応に関しては、施設ごとに方針や方策が異なるようだ。

8月以降、私自身がコンサートやオペラ、ミュージカルなどの公演に足を運ぶなかで、来場者の健康面への配慮を特に感じたのが、大手町の日経ホール(610席)と日比谷の日生劇場(1334席)である。

日経ホールでは、日本経済新聞社の主催公演の場合、座席の位置にかかわらず希望者には無償でフェイスシールドが提供されるほか、終演後の「密集」を避けるために案内係が座席ブロックごとの時間差退場を完璧に行っていた。また、日生劇場では、時間差退場の徹底に加えて、劇場内での「密接」な会話を避けるため案内係が開演前に客席を回り、会話や発声を控えるよう書かれたボードを見せながら無言で来場者とアイコンタクトをとっていた。

大半の施設や主催者においては、公演中のブラヴォーなどの声援は控えることとされているわけだが、日経ホールと日生劇場の対応には心の中でブラヴォーを贈った。

その施設の収容人数や構造によっても状況は異なるだろうが、感染確認が増加傾向にある現在、来場者としても、当面は感染を拡大させないこと、公演が実施されること(中止にならないこと)への協力を強く意識する必要性を改めて感じている。

2020年6月13日 (土)

藤原歌劇団・NISSAY OPERA 2019公演「愛の妙薬」~ OPERA de STAY HOME(日本オペラ振興会)

The Fujiwara Opera/NISSAY OPERA 2019 “L’ELISIR D’AMORE” - OPERA de STAY HOME by The Japan Opera Foundation

5都道県への緊急事態宣言が解除されて約3週間が経ち、東京では休業要請が緩和されて、映画館や劇場も営業を再開し始めている。とはいえ、当面は新型コロナウイルス感染拡大予防の一環で、3密を避けるために観客は客席数の50パーセントまで。オペラやコンサートや演劇の場合は舞台と観客との距離をとり、舞台上の出演者同士もオーケストラピットの演奏者同士も距離をとらねばならない。活動が再開されるのはよいことだとしても、劇場関係者の物心両面での負担はいかばかりだろうか。

外出自粛が呼びかけられて以降、ありがたいことに、さまざまな劇場や主催者などが公演や演奏の映像無料配信をしてくれている。

本来ならば日生劇場NISSAY OPERA 2020オペラ『セビリアの理髪師』(指揮:沼尻竜典、演出:粟國淳)を鑑賞する予定だった今日(6月13日)、劇場HPのオペラニュースに、3月に開催された「オペラ関連企画ピロティ・コンサート&リーディング公演」の動画の特別公開という、とてもうれしいお知らせも載っていた(ピロティ・コンサートは私が過労気味だったこともあって参加を断念し、リーディング公演は開催が中止になったものだった)。

その動画は後日ゆっくり拝見させていただくことにして、今回の記事のテーマは日本オペラ振興会(藤原歌劇団・日本オペラ協会)が「OPERA de STAY HOMEオペラ・デ・ステイホーム」と題して4月28日から6月4日まで、6回に分けて映像を無料配信してくれた中の最後の作品、藤原歌劇団・NISSAY OPERA 2019公演『愛の妙薬』(総監督:折江忠道、指揮:山下一史、演出:粟國淳)だ。この公演は昨年、生の舞台を日生劇場で観ているのだが、そのときには見過ごしていた演出の演劇的な魅力のひとつにあらためて気付き、お蔭さまで、昨年の感動を思い起こしながら別の視点でも楽しめた。

この物語では、農村に暮らす地主の娘で教養豊かな美女アディーナと、彼女に思いを寄せる純朴な農民ネモリーノの恋の行方を、怪しい「万能薬」を売りに村へやって来たドゥルカマーラが狂言回しとなってかき乱すのだが、映像配信で気付いたのは、ドゥルカマーラが派手に飾り立てた馬車で現れて滔々と薬の効能を述べる“ドゥルカマーラ劇場”にも狂言回しがいたことだ。村の“おばあちゃん”である。

彼の話(第3曲「村の衆よ、お聞きなさい(Udite, udite, o rustici)」)に興味を示す村娘(合唱団)の中におばあちゃんが交じっていて、「この薬のお蔭で70代の男性が元気になった」と聞きつけると、「とんでもない悪魔の薬に違いない」とばかりに爆速で2度、十字を切る(日本流なら「なんまいだぶ、なんまいだぶ」という感じ)。若返る、肌がきれいになる、恋人ができる、あらゆる病気が治るなど、万能なのに超特価だとうそぶくドゥルカマーラの周りに村人が集まるのを見たおばあちゃんは、再び後ろのほうからこっそり近づくが、「そんな安い値段で万能なんてウソに決まってる」といったふうに首を振って認めようとしない。ところが、村人がいい薬だと誉めそやすと、逡巡していたおばあちゃんは遂に薬売りのもとへ駆け寄って薬2瓶を手に入れ、近くにいた村の男の腕をつかんで消える。一体いずこへ?(笑)

陰でアディーナとネモリーノの恋心を金儲けに利用しようとするなど暗躍したドゥルカマーラがエピローグで再び鳴り物入りで登場し、恋にもよく効く(第13曲「どんな欠点でも治す薬(Ei corregge ogni difetto)」)などと薬を宣伝。すると、舞台下手の家の窓が開き、おばあちゃんが顔を出す。外へ出てきたとき、両手には赤い瓶が握られている。「前に買ったこの薬は? そんな効能が?」と隣にいる村娘に尋ねているかのよう。皆の称賛の声を背にドゥルカマーラが馬車で去っていくと、おばあちゃんは舞台中央へ進み出てきて「この薬は本当に効くのかねえ?」と首をかしげ、幕となる。

いつのまにか映像の中におばあちゃんの姿を捜しながら観ていたが、顔の表情と所作だけの名演は、プログラムに助演として名前がある西村円香さんによるものだろう。カーテンコールで背筋を伸ばした“おばあちゃん”はすらりとした妙齢の女性だった。

2020年5月12日 (火)

オペラ『魔笛』『トゥーランドット』~新国立劇場「巣ごもりシアター」

Die Zauberflöte & Turandot - NNTT at Home

新型コロナウイルス感染症により亡くなられた方のご冥福をお祈りし、闘病中の方の一日も早いご回復をお祈りいたします。

これまで、そしてこれからも、健やかな日常を支えてくれる方々、美しいものを創造し、感動の〈とき〉を届けてくれる方々に心からの感謝を捧げます。

あのとき会ったのが、あのとき訪れたのが、あのとき鑑賞したのが最後にならないように、

皆さま、次の機会が訪れるその日まで、どうかご無事で。

***

今回の感染症拡大の影響により、今も多くの人々が傷つき、疲弊している。

あたりまえに享受できるものなど何一つないことを、今さらながら私も痛感する日々だ。大切なものは失って初めて分かるのであり、次も恵まれるとは限らないからこそ逸してはならないのが幸運なのだと、過去に学んでいたはずなのに、いつの間にか忘れていた自分の愚かさがうらめしい。

さて、新国立劇場では、4月から「巣ごもりシアター」と題した公演映像無料配信が行われている。

5月8日、2019/2020シーズンのオペラ10作品の掉尾を飾るはずだった『ニュルンベルクのマイスタージンガー』などの公演中止の発表があり、オペラ芸術監督の大野和士マエストロからのメッセージには、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の主人公、ハンス・ザックスが第3幕で若き騎士ヴァルターに向かって歌う一節が紹介されていた。

“魅惑的な青春時代に、愛に心震わせて素敵な歌を歌うことは多くの人にもできる、しかし、夏、秋が過ぎ、そして冬になり、悩み、憂い、軋轢、争いなどが隣り合わせになった時、それでも美しい歌を作ることができる人こそ本当のマイスターである。”

「今年私たちに起こっていることが、やがて私たちを次の高みに引き上げてくれることを心から祈っております」との大野マエストロの言葉に、どんな状況下でも希望をもち、できるかぎり精進を続けようという思いを新たにさせていただいたが、すでに配信が終了した『魔的』と『トゥーランドット』を視聴した折にも心に残った一節があったので、感謝をこめて以下に記したい:

『魔笛』第2幕より

王子タミーノは愛するパミーナと結ばれるため、2人で魔法の笛の力を借りて、最後の試練を乗り越えようとする。

Wir wandeln durch des Tones Macht/Froh durch des Tones dustre Nacht.

パミーナ&タミーノ「私たちは音楽の力で暗い夜を通り抜ける」(日本語字幕:岩下久美子)


『トゥーランドット』第1幕より

戦いに敗れて放浪中の韃靼の国王ティムールと、生き別れになっていた息子カラフが北京の広場で再会を果たす。

E benedetto sia il dolor per questa gioia che ci dona un Dio pietoso.

カラフ「神は我々に別れの苦しみを与えたが 再会の喜びをくださった」(日本語字幕:増田恵子)

2020年2月 9日 (日)

2019年の印象深い〈とき〉 その2

Des moments impressionnants en 2019 2

2019年に出会えた印象深い〈とき〉の後半です:

ル・グラン・ガラ 2019 『マリア・カラス~踊る歌声~』(世界初演)

振付:ジョルジオ・マンチーニ

出演:マチュー・ガニオ、ドロテ・ジルベール、ジェルマン・ルーヴェ、アマンディーヌ・アルビッソンほか

会場:文京シビックホール

 

パーヴォ・ヤルヴィ&N響 『フィデリオ』(演奏会形式)

ベートーヴェン作曲 オペラ全2幕(原語上演/日本語字幕付)

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

出演:ヴォルフガング・コッホ(ドン・ピツァロ)、ミヒャエル・シャーデ(フロレスタン)、アドリアンヌ・ピエチョンカ(レオノーレ/フィデリオ)ほか

会場:Bunkamuraオーチャードホール

*投獄された政治犯の夫を救出するべく、男装のフィデリオとなって牢獄に潜入する妻レオノーレ役のアドリアンヌ・ピエチョンカの声は、とても力強く、なのになめらかで豊かで、「勇敢なレオノーレはまさにハマり役」というチラシの文言どおり。声のみでも役柄が見事に表現されていたが、彼女がやさしくて強い女性を男女両方の衣装を着けて演じるところがぜひ観たくなった。

 

K-BALLET COMPANY/東京フィルハーモニー交響楽団 熊川版 新作『カルミナ・ブラーナ』

カール・オルフ作曲

構成・演出・振付:熊川哲也

出演:関野海斗(アドルフ)、中村祥子(女神フォルトゥーナ)、高橋裕哉(太陽)、矢内千夏(ヴィーナス)ほか

指揮:アンドレア・バッティストーニ、ソリスト歌手:今井実希(ソプラノ)、藤木大地(カウンターテナー)、与那城敬(バリトン)

会場:Bunkamuraオーチャードホール

 

令和元年9月声明公演『黄檗宗大本山 萬福寺の梵唄』

「朝課(ちょうか)」「施餓鬼(せがき)」「大般若転読(だいはんにゃてんどく)」

出演:黄檗宗大本山萬福寺(京都府宇治市)

会場:国立劇場大劇場

*黄檗宗の声明である「梵唄(ぼんばい)」は唐音(韻)という明代の中国語で唱えられるもの。とても耳に心地よく、久しぶりに訪れた国立劇場のしっとりとした空間もよかった。

*「大般若転読(だいはんにゃてんどく)」では、玄奘三蔵(三蔵法師)が伝えた全600巻からなる蛇腹状の経典を、20人の僧侶が1人30巻ずつ、空中で転読。厳粛な法要に対して不謹慎だとは承知しながらも、同じ方式でゲラが読めたら校閲の仕事も捗るだろうな… と思ったり。

 

新国立劇場オペラ『エウゲニ・オネーギン』 新制作

ピョートル・チャイコフスキー作曲 全3幕(原語上演/日本語及び英語字幕付)

指揮:アンドリー・ユルケヴィチ、演出:ドミトリー・ベルトマン

出演:エフゲニア・ムラーヴェワ(タチヤーナ)、ワシリー・ラデューク(オネーギン)、パーヴェル・コルガーティン(レンスキー)ほか

会場:新国立劇場オペラパレス

 

フランチェスコ・トリスターノ グレン・グールドへのオマージュ/東京ストーリーズ

出演:フランチェスコ・トリスターノ(ピアノ、シンセサイザー)

会場: 東京芸術劇場コンサートホール

 

●『情動はこうしてつくられる──脳の隠れた働きと構成主義的情動理論

リサ・フェルドマン・バレット著、高橋洋訳

紀伊國屋書店

 

ミュージカル『ダンス・オブ・ヴァンパイア』

脚本/歌詞:ミヒャエル・クンツェ、音楽:ジム・スタインマン、演出:山田和也

翻訳:迫 光、翻訳/訳詞:竜真知子、音楽監督:甲斐正人、振付:上島雪夫

出演:山口祐一郎(クロロック伯爵)、神田沙也加(サラ)、森山開次(ヴァンパイア・ダンサー)ほか

会場:帝国劇場

 

NISSAY OPERA 2019 『トスカ』

ジャコモ・プッチーニ作曲 オペラ全3幕(原語上演/日本語字幕付)

台本:ルイージ・イッリカ&ジュゼッペ・ジャコーザ

指揮:園田隆一郎、演出:粟國淳

出演:砂川涼子(トスカ)、工藤和真(カヴァラドッシ)、黒田博(スカルピア)ほか

会場:日生劇場

*ロイヤルブルーのドレスをまとったトスカが後ろ手に短剣を持つ姿が描かれたチラシを見た時、そのドレスの色がトスカは嫉妬深く激情におぼれるだけの女性ではないことを象徴しているように思われ、そのシーンを観るのが楽しみだった。砂川涼子さんのトスカと、黒田博さんのスカルピアを堪能できたが、岡田昌子さんのトスカも聴いてみたかった。

 

●クアルトナル(ヴォーカルアンサンブル) クリスマス・コンサート

出演:ミルコ・ルートヴィヒ(テノール)、ジョー・ホルツワース(テノール)、クリストフ・ベーム(バリトン)、ゼンケ・タムス・フライアー(バス)

会場:日経ホール

*北ドイツの名門ユーテルゼン少年合唱団出身の4人によるユニットで、世界各国の民謡やポップス、宗教曲まで幅広いレパートリーを披露してくれたが、ドイツ語だけでなく、フランス語も英語もとても発音が美しかった。

 

シネマヴェーラ渋谷「フィルム・ノワールⅢ」特集 『邪魔者は殺せ』(原題:Odd Man Out)

監督:キャロル・リード、1947年イギリス映画、116

出演:ジェームズ・メイソン、キャサリン・ライアン、ロバート・ニュートン、シリル・キューザックほか

*シネマヴェーラ渋谷の今回のフィルム・ノワール特集で字幕翻訳を担当したうちの1本。山田宏一先生にそのことをお便りしたところ、この映画は山田先生にとっての思い出の映画だとお返事をいただいた。自宅で療養中だったフランソワ・トリュフォー監督が山田先生に会いたいからとファーストクラスの航空券を送り、山田先生がお見舞いに行った折、トリュフォーは「昨夜、テレビでキャロル・リードの『邪魔者は殺せ』を観て、ビデオにも録画した」と言い、山田先生が最後にトリュフォーと語り合った映画が『邪魔者は殺せ』だったとのこと。

*革命の実現に燃える闘士と彼を支える女性が降りしきる雪の中で迎えるラストシーンは圧巻だが、意義ある作品に携われてうれしく思っている。

2019年の印象深い〈とき〉その1

Des moments impressionnants en 2019 1

余寒お見舞い申し上げます。

2019年も音楽や舞台や美術や映画や書籍などにまつわる数々の印象深い〈とき〉に恵まれた。

人が人や芸術と出会うのは、偶然であり、必然でもあるのかもしれないと感じつつ、本当に遅ればせながら、2019年の印象深い〈とき〉のいくつかを、ここに日付順に記させていただく:

藤原歌劇団 『ラ・トラヴィアータ』 新制作

ジュゼッペ・ヴェルディ作曲 オペラ全3幕(原語上演/日本語字幕付)

総監督:折江忠道、指揮:佐藤正浩、演出:粟國淳

出演:砂川涼子(ヴィオレッタ)、西村悟(アルフレード)、牧野正人(ジェルモン)ほか

会場:東京文化会館大ホール

*高級娼婦の過去をもつヴィオレッタだが、アルフレードへの愛を胸に、汚れのない心を象徴するかのような純白の衣装でこの世から旅立ってゆくラストシーンが美しかった。光岡暁恵さんのヴィオレッタも聴いてみたかった。

*『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』には、校訂者たちが補足した伝統的な「校訂版」ではなく、ヴェルディの「自筆譜」が存在することを私が知ったのは、字幕翻訳を始めたばかりの頃、師である故・寺尾次郎氏からの紹介で、フィリップ・ベジア監督『椿姫ができるまで [Blu-ray]』(2012年 フランス映画/原題:Traviata et nous/配給:熱帯美術館)のBlu-ray特典映像(出演者インタヴュー)の仕事に携わった時のことだった。通常は映像と音声とともに、支給されたスクリプトを確認しながら翻訳していくのだが、あの仕事ではスクリプトの聞き起こしも作業に含まれていた。当時、字幕翻訳作業自体がまだ不慣れだったにもかかわらず、限られた時間の中で聞き起こしまで引き受けるという、身の程知らずとも言えるチャレンジをしたのは、かつての仕事(Bunkamura創立メンバー)を通じて多少はふれていたオペラの新たな魅力を探れそうな気がしたからだった。

 

●東京芸術劇場シアターオペラvol.12 全国共同制作プロジェクト

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲 歌劇『ドン・ジョヴァンニ』全2幕(日本語上演/英語字幕付)

総監督・指揮:井上道義、演出・振付:森山開次

出演:ヴィタリ・ユシュマノフ(ドン・ジョヴァンニ)、三戸大久(レポレッロ)、髙橋絵理(ドンナ・アンナ)他

会場:東京芸術劇場コンサートホール

 

伝統と創造シリーズ vol.10『HANAGO-花子-』

演出・振付:森山開次、出演:酒井はな、津村禮次郎、森山開次

会場:セルリアンタワー能楽堂

 

第14回大阪アジアン映画祭 『アルナとその好物』(英題:Aruna & Her Palate

監督:エドウィン、2018年インドネシア映画、106

出演:ディアン・サストロワルドヨ、オカ・アンタラ、ハナー・アル・ラシッド、ニコラス・サプトラほか

*数年前から字幕翻訳で参加させていただいている「大阪アジアン映画祭」で、2年続けてインドネシアのエドウィン監督の作品を担当した。今回はインドネシア各地の名物料理も堪能できるロードムービーということで、エスニック料理が嫌いではない私としてはとても楽しい仕事だった。ABCテレビ賞を受賞し、新年にはABCテレビで放映もされたが、今後もっと鑑賞の機会が増えることを願っている。

 

アムステル・カルテット ~シンフォニック・サクソフォン&映画音楽の世界~

豊かな表現力で変幻自在な音を作り出すサクソフォンのカメレオン、17年ぶりの来日!

出演:レムコ・ヤック、オリヴィエ・スリーペン、バス・アプスワウデ、ハリー・シェリン(サクソフォン)

会場:日経ホール

 

藤原歌劇団・NISSAY OPERA 2019 『愛の妙薬』

ガエターノ・ドニゼッティ作曲 オペラ全2幕(原語上演/日本語字幕付)

総監督:折江忠道、指揮:山下一史、演出:粟國淳

出演:伊藤晴(アディーナ)、中井亮一(ネモリーノ)、久保田真澄(ドゥルカマーラ)、須藤慎吾(ベルコーレ)ほか

会場:日生劇場

 

『ドライビング・ミス・デイジー』

作:アルフレッド・ウーリー、翻訳:芦沢みどり、演出:森 新太郎

出演:市村正親(ホーク)、草笛光子(デイジー)、堀部圭亮(ブーリー)

会場:紀伊國屋ホール

 

オペラ夏の祭典 2019-20 Japan↔Tokyo↔World オペラ『トゥーランドット』

ジャコモ・プッチーニ作曲 ※フランコ・アルファーノ補筆 全3幕(原語上演/日本語及び英語字幕付)

指揮:大野和士、演出:アレックス・オリエ

出演:イレーネ・テオリン(トゥーランドット)、テオドール・イリンカイ(カラフ)、中村恵理(リュー)、リッカルド・ザネッラート(ティムール)ほか

会場:新国立劇場オペラパレス

*この公演は先に東京文化会館で上演され、大がかりな舞台装置を使った演出も見どころだとテレビのニュースで報じられもして、何日に鑑賞しようか決めかねているうちにチケットが完売してしまって、またしても見逃して落胆… のパターンかと思いきや、公演の数日前に諦めきれずに新国立劇場のWebボックスオフィスを見たら、関係者席が解放されたらしく、数席が購入可能になっていた… という経緯で幸運にもプラチナ・チケットが手に入り、すばらしい舞台をカーテンコールまで堪能できたことも忘れがたい。

(後半につづく)

2019年12月 7日 (土)

『野性の夜に』(1992年 フランス映画)とポルトガル その2――ノッサ・セニョーラ・ド・カボ教会

Les Nuits fauves et le Portugal 2 : San tuário de Nossa Senhora do Cabo Espichel

この記事を執筆するにあたり、『野性の夜に』のフランス盤DVD(『Les Nuits fauves』)を取り寄せ、あらためて映像を観た(残念ながら日本国内ではVHSビデオとレーザーディスクが1994年に発売されたのみで、その後、DVD化されていない)。

陶酔、苦悩、絶望、悲哀……、激情がほとばしるパリでのシーンの後、ポルトガルでクリスト・レイ像が建つテージョ川と港の風景を愛しむように眺めた主人公ジャンが向かったのも、実はとても象徴的な場所だったことに気づいた。

ジャンがローラに電話をかけ、「ヨーロッパの果てにいる」と伝えるとき、背後には墓標にも似た十字架と海原が見える。

Cruzeiro_no_cabo_espichel

 Photo by Sacavem

その十字架が濃い影を落とす乾いた大地はバロック建築の教会堂へと至る長方形の前庭のようだ。両側に伸びる建物は小さく仕切られているのか、2階に窓が連なっているが、まったく人影はない。そこで初めて「愛している」という言葉を口にし、海を見つめて佇むジャン。

Cabo_espichel_march_20154a

Photo by Alvesgaspar [CC BY-SA 4.0]

「僕は生きている。世界は僕自身と無関係に存在するものだけじゃない。僕もその一員だ。世界は僕に開かれているものなんだ。たぶん僕はAIDSで死ぬだろう。でも、それはもう僕の人生じゃない。僕は今を生きている」(拙訳)

海に夕日が沈み、朝日が昇る。至福の笑みを浮かべたジャンをキャメラが空からとらえる。彼の足下は大西洋の荒波が打ち寄せる切り立った断崖だった。

Cabo_espichel__portugal_201286006

Photo by Vitor Oliveira from Torres Vedras, PORTUGAL [CC BY-SA 2.0]

ラストまで続く3分ほどのこのシーンの舞台は、テージョ川の河口の南方で大西洋に突き出したセトゥーバル半島のエスピシェル岬である。

ポルトガルには古くから聖母マリア信仰が根付いている。聖母が出現した奇跡をローマ教皇庁も認めているファティマは世界的な聖地だが、断崖絶壁のこの岬にも聖母出現をはじめ、さまざまな言い伝えが生まれた。15世紀初めには小さな礼拝堂が建てられ、各地から巡礼者が訪れるようになっていたという。

映像の中の教会堂は1701年に国王ペドロ2世(1648-1706、在位1683-1706)が建立を命じ、1707年に完成したノッサ・セニョーラ・ド・カボ(岬の聖母)教会で、設計は王室建築家ジョアン・アントゥネス(1643-1712)。ポルトガル文化省が運営する建築遺産の情報サイト(SIPA)(ポルトガル語)によれば、内部は黄金色に輝く天井画や青い装飾タイル(アズレージョ)で彩られており、絵師はジョゼ・アントニオ・ナルシーゾ、ロレンソ・ダ・クンハ、ペドロ・テイシェイラ、アズレージョ製作はベレン工房とある。両翼の建物は巡礼者が激増したため1715年に建設が始まった宿で、1745年から1760年に増築もなされたが、その後は修繕されることもなく今では廃虚と化している。

512pxigreja_de_nossa_senhora_do_cabo__fr

Photo by Sacavem

死の病に冒されてなお快楽を求め、いや、病に冒されたからこそ快楽に逃れたともいえるジャンが、ローラとの出会いと別れを経て旧大陸の果てで見たものは、愛と再生の奇跡のヴィジョンだったのかもしれない。

シリル・コラールが1979年夏~1992年12月に書いた日記や手紙などが収められ、彼の死後に出版された『野性の天使』の邦訳(藤井建史・大塚宏子訳、1996年3月、近代文藝社刊)にも目を通してみた。

彼は1983年の時点で既にHIV(国際的にこの名称に統一されたのは1986年だが)に感染していると診断されていた。定期検査でHIVの増殖の指標となるT4細胞の増減に注意を払い、治療を続けるなかで、ポルトガルへ旅したのは1988年の5月と8月だ。翌1989年9月に原作を出版し、その1年後には映画のシナリオを書き上げて、南仏経由でスペインとポルトガルへ。ロケ撮影のためだろう。映画が完成したと思われる1992年8月末の文書を読むと、彼の精神は力強く輝きにみちている。肉体が蝕まれ、滅んでゆく恐怖を抱える一方で、AIDSのおかげで生きることに対する狂おしい欲望や、人生への愛を口にできると綴られている。

もし彼が本を執筆せず、映画も撮らずに過ごしていたら、免疫能の低下も抑えられ、生き延びられたのではないかと思わずにはいられない。だが、異色の文豪ジャン・ジュネと同じ12月19日生まれであることを強く意識していた彼は、「僕の常軌を逸した戦い、僕のエネルギー、僕の途方もない欲望。これらはすべて、生きるためだった」と1992年12月に綴り、生きることを渇望しながら永遠の旅に出たのだ。(この項 了)

2019年11月 1日 (金)

『野性の夜に』(1992年 フランス映画)とポルトガル その1~クリスト・レイ像

Les Nuits fauves et le Portugal 1 : Cristo Rei

1996年10月末、リスボンのコメルシオ広場近くから出るフェリーで、テージョ川の対岸、アルマダへ渡った。カシーリャス港で下船してバスに乗り、目指すは丘の上に建つクリスト・レイ(Cristo Rei)、“王なるキリスト”の像だ。

Cristorei1

Photo by SchiDD [CC BY 3.0]

リスボン側から見ると、長い吊り橋「4月25日橋」のたもと付近で存在感を放つその姿は、屹立する台座上の十字架のようでもあったが、近づくにつれて、リスボン一帯を包み込むように両手を広げ、見守るように顔をやや俯けて立つキリスト像だと分かる。その胸元では、人類への愛を象徴する聖心(聖なる心臓)が茨の冠をかぶって血を滴らせつつ、愛の炎を噴き出している。イエス・キリストの聖心に捧げられたカトリックの記念像なのだ。

512pxcristo_rei_36211699613

Photo by Deensel [CC BY 2.0]

台座は4本の柱が上部でつながり、東西南北の方位を向いた4つの門の形をなしている。高さは82メートルで、展望台がある。その上に立つキリスト像は28メートルで、合わせて高さ110メートルのモニュメントが海抜133メートルの丘の上に築かれている。 台座とその中に造られたノッサ・セニョーラ・ダ・パス(平和の聖母)礼拝堂の設計は建築家アントニオ・リノ(1914-96)、キリスト像の原型制作は彫刻家フランシスコ・フランコ・デ・ソウザ(1885-1955)。

Cristo_rei_264084281 

Photo by Mirko Scaramuzzi [CC BY 3.0]

この像の構想は1934年に遡るという。かつての植民地ブラジルが独立100周年を記念してリオデジャネイロのコルコバードの丘に1931年に建立したクリスト・ヘデントール(Cristo Redentor)、“救世主キリスト”像(高さ:台座8メートル、像30メートル)を、リスボン総大司教が訪れ、触発されたのがきっかけだった。台座の設計は1938年になされたが、計画が動き出したのは第2次世界大戦後で、1950年の建設開始から完成までに9年の歳月を要している。 

初めて私がクリスト・レイ像を目にしたのは、シリル・コラールが監督・脚本・原作・音楽・主演をつとめた映画『野性の夜に(Les Nuits fauves)』(1992年)の中のワンシーンだ。彼は自分が両性愛者でHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染し、AIDSを発症していることを原作の自伝的小説(1989年刊。邦訳は1993年刊)に赤裸々に綴っていた。

AIDSも今でこそ感染原因や症状が広く知られ、治療法も格段に進歩を遂げて、薬の服用さえ続ければ命を落とすことはなくなっているが、1980年代初頭のニューヨークで流行が始まってしばらくの間、世間は同性愛者のみの病としてことさら関心を示さなかった。治療法が研究されるようになったのは1985年にハリウッド・スターのロック・ハドソンがAIDSであることを公表して以降だ。『野性の夜に』の中で主人公がのんでいると話すAZT(アジドチミジン)が初のAIDS治療薬として承認されたのは1987年であり、現在のような3~4種類の抗HIV薬を組み合わせた多剤併用療法が確立されるのは1996年を待たねばならなかった。

そこに至るまでに、ミシェル・フーコー(1984年)、ロック・ハドソン(1985年)、ロバート・メイプルソープ(1989年)、キース・ヘリング、マヌエル・プイグ、ジャック・ドゥミ(1990年)、フレディ・マーキュリー(1991年)、アンソニー・パーキンス、ジョルジュ・ドン(1992年)、ルドルフ・ヌレエフ(1993年)、デレク・ジャーマン(1994年)などの著名な作家やアーティストをはじめ、多くの人々がこの世を去った。

1992年10月、忍び寄る死の恐怖に脅かされながらも愛の意味を知り、生きていることのすばらしさを実感する主人公を描いた『野性の夜に』がフランスで公開されると、多くの観客の心をさまざまに揺さぶらずにはおかなかった。1993年度セザール賞7部門にノミネートされ、4部門(最優秀作品賞、最優秀新人監督作品賞、最優秀新人女優賞、最優秀編集賞)の授賞が決まったが、シリル・コラール自身はそれを知ることなく、授賞発表3日前の3月5日に亡くなっている。 日本ではその年の6月にユーロスペースの配給で公開され、渋谷のスペイン坂上にあったミニシアター「シネマライズ」(設計:北川原温)で公開後まもないある日、観る機会に恵まれた。


物語のはじまりは1986年春。パリの病院でAIDSの定期検査を受ける主人公ジャン(シリル・コラール)の腕には、2週間ほど前から小さな紫色の斑点ができている。“死に至る病”に冒された彼は10歳以上年下の少女ローラ(ロマーヌ・ボーランジェ)と出会い、愛を交わす。病を告白した後もローラはさらに深く激しい愛を捧げるが、ジャンはどうしても同性愛やドラッグへの欲望を抑えられない。心を病んだローラが苦悩の末に執着を断ち切ったことを悟ったジャンは、車を駆ってポルトガルへ。リスボンの4月25日橋を渡る彼。続いて現れるのが、空から撮られたクリスト・レイ像だ。 126分の作品の中でわずか10秒ほどのそのシーンは、シリル・コラールが求めた永遠の世界への入り口のように感じられ、今も脳裏に焼き付いている。(つづく)

Christo-rei-1996_03

Photo by maquis

Christorei1996_02_20200504174701thumb1  

Photo by maquis

«フェミニン・フェミニズム――『ビリーブ 未来への大逆転』(2018年 アメリカ映画)

2021年5月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ