鎮魂――メルヴィル忌によせて
心から、東日本大震災により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆さま、そのご家族の方々に対しましてお見舞い申し上げます。
去年から新しいジャンルの仕事も始めたため、慌ただしいなかでブログの更新もままならないうちに年が明け、ようやく一息つけそうに思えた矢先に、東日本大震災が発生した。
3月11日(金)14時46分、自分自身は東北地方の空港から羽田へと向かう機内におり、15時10分頃に機長のアナウンスを聞くまで、まったく何も知らずにいた。未曾有の災害のなか、羽田へ降りることも出発地へ戻ることも叶わなくなって、燃料のもつうちに最も近くて最も安全な空港へという機長の判断により、新潟空港へ着陸したのが15時45分頃だっただろうか。紆余曲折を経て、翌日には、飛行機と新幹線を乗り継ぎ、何とか東京へたどり着くことができた。
もちろん、被災された方々の苦難には比べるべくもない。東北地方に暮らす親族はみな無事であり、私自身もこうして生きているのだから。とはいえ、パニック映画のような24時間ではあった。
被災地の方々に対して、いまの自分にできることは、とにかく心を寄せ続けること。時間が経過したからといって、気持ちを、記憶を風化させてはならないと思っている。
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1973年8月2日、38年前の今日、ジャン=ピエール・メルヴィルが亡くなった。享年55。心臓発作による急逝だった。
犯罪映画の巨匠と呼ばれた彼は、ルイ・ノゲイラ著『サムライ ― ジャン=ピエール・メルヴィルの映画人生』(拙訳・晶文社)の序文のなかで、「私の作品のなかで想像力の産物とみなされる風潮があるものは、実際は記憶力の結果である。通りを歩いている時、ある出来事を目撃した時、何かを体験した時に、記憶に留めたことなのだ(もちろん私はそれを置き換えて映画化している。自分が本当に体験したことをそのまま描くのは大嫌いだから)。映画のクリエイターというものは、その時代の証人だ」と述べている。
シネフィル少年が悪い仲間とつきあいのある青年となり、兵役により第2次大戦へ従軍してダンケルクを生き延びた。除隊後はナチス・ドイツによる占領下で祖国フランスの解放のためレジスタンス運動に身を投じ、ひそかに英国へ渡って自由フランス軍に入隊、諜報活動を続けた――。
まさしく想像を絶するような数々の体験をしているに違いないことは、彼自身がシナリオを書いて撮った作品から見てとれるが、生涯で最も忘れ得ぬ体験とは、レジスタンス時代のものではないだろうか。彼がどうしても長編第一作とすることにこだわった『海の沈黙』の原作〔邦訳:海の沈黙 星への歩み (岩波文庫)
〕と出会ったのは1943年のことだった。同じ年、ロンドンで『影の軍隊
』の原作〔邦訳:影の軍隊 (ハヤカワ・ノヴェルズ)
〕も入手し、25年もの間、映画化の夢を抱き続けて遂に実現させているが、この作品には、たったひとつ2分間だけ、彼の実体験にからむシーンがあるという。
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長らく更新できず、この数か月の間に訪れてくださった方々にはお詫び申しあげます。次はいつになるのか断言はできませんが、つねに心にはかかっております。




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